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  2003年12月の霞ヶ浦。
当時、私は大山にあるボート屋さんのプライベートトーナメントに冬は毎年通っていました。
霞ヶ浦の特徴としては、

1. かなり濁った水
2. 減水により、岸際の水深がかなり浅い
3. 1に関連して、ポイントとボートの距離がかなり近い
4. 2に関連して、岸際に落とすリグはかなり軽量である必要があるといった感じでした。
 スピニングではショートディスタンスの釣りにはあまりに手返しが悪く、
 強引なやり取りには向かない。

 そこで、私は当時ZPIでリリースされていたTD−Z用MgスプールRC−002(浅溝)にフロロカーボンライン6ポンドをかなり少なめに巻いて、シャローを攻める事を決意していました。
 更に、ワンオフで作られたテスト用の7.1:1というスーパーハイギヤも組み込まれていました。1/32ozのネイルシンカーを埋め込んだ4インチのストレートワームのネコリグで、霞ヶ浦東岸の風裏になるテトラ帯を撃っていくという戦略でした。
さて、トーナメント当日。
最初に入ったのは沖テトラの風裏になるシャローサイド。テトラと並行にボートを流し、ボートとテトラの距離は僅かに2m程度。透明度の無い霞ヶ浦ならではの特徴と言えますが、それゆえに余計にテトラの隙間の奥の奥まで正確に丁寧に数を撃たなければなりません。
 この状況でスピニングリールでは、手返しが悪く、キャスト精度も出ず、またバスが食っても強引に出す事が出来ません。

 ひたすらテトラの隙間にピッチングを駆使してネコリグを撃っていった結果、12月の強風ババ荒れの霞ヶ浦にも関わらずバスを1本捻り出す子事が出来ました。
トーナメントの結果は5位。

 そう、今から7年も前にもかかわらず、既にZPIでは“ベイトフィネスというものの存在“には気付いていたのです。
当時は「ベイトフィネス」という呼び方はありませんでしたが、ベイトリールにしてはライトラインの6ポンド、ハイギヤ化…現在のベイトフィネスと何ら変わらない仕様だったのです。しかしながら、当時はまだ「霞ヶ浦のローカルメソッド」というイメージでしかありませんでした。

あれから6年以上。
現在の各地のバスフィールドはハイプレッシャー化し、カバーに潜むバスがあまり重いリグにバイトしにくくなった状況でベイトフィネスというメソッドが脚光を浴びるようになったのは当然かもしれません。奇しくも「軽い物をを投げやすくしたい」という目標は、先行して発売されたTechno Formula Mg Spoolと全く同じ。

 ただし、過去と今で変ったのは“軽い物”の定義。
現在の日本のトーナメントシーンでは、クリアーウォーターと狭いフィールドによるハイプレッシャー化であまり活躍の場が無くなったベイトリールですが、
ベイトフィネスによってベイトリールが生きる道が開けたのは間違いの無い事実です。

今後、どのように発展していくが非常に楽しみですね!さて次は、その「当時は霞ヶ浦のローカルメソッドだった」ベイトフィネスを現在私がどうやって使用しているかを御紹介します。



 

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